死から生き返った日本人!

…伝道者、森渓川(もり けいせん)師を通して現された神の御力!…




(森渓川著「神癒の信仰」より抜粋。
 基督教文書伝道会の森稔師の許諾を得て掲載)

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 森渓川師は新契約聖書の発行者です。


著者の序文から
 私がクリスチャンになったのは明治42年であって、今からちょうど63年前であります。その時以来、私はキリスト教の研究を一日として怠ったことはありません。それから私が法律の勉強をやめて伝道者となる決心をしたのが大正元年であって、今から60年前のことであります。
 神学校に入って一通り神学などを学びました。学んで、その後、実地伝道になり、大正九年に最初の著作として、大伝道者ムーディーの『天国』という訳書を出して以来、52年間、大小の訳書、著書141冊を出し、この本は142冊目の出版であります。
 私は信仰の初期から神癒の信仰をおぼろげながら持っておりましたが、救い主キリスト霊魂の救い主であると共に肉体の病いの救い主であると確信し、多くの体験を与えられて立ち上がったのは、今から15年前のことであります。
 それ以来、今日までに数百数千の病者を癒すことを得させられたことは、ひとえに救い主イエス様の御恵みであります。…
 四日前の木曜日に私の家に連れてこられた三カ年来の手足不自由な中風の五十男も、帰り途では自由に歩行することができて、渋谷駅の階段を幾度も昇降し、「私は全く癒された!」と友人に喜び語りつつ、遠くの我が家にこおどりして帰られたのでありました。
 実に私たちの信じる神様は、「私は全能の神である」(創世記17・1)と仰せられて、癒しといえども出来ないことのない全能のお方であることを示され、さらに、「私はヤーウェ、あなたのいやし主だからである」(出エジプト記15・26)と仰せられて、私たちの病気をいやしてくださることを約束してくださいました。
 それゆえ、神癒は、天地万物の造り主なる神様の堅いお約束であります。
 
これを信じて私たちは癒していただくのであります。

       1972年六月三十日          東京にて    森 渓川



「A子さん、危篤、すぐ来てくれ!」

 山梨県のA子さんは、二、三年前から腎臓病や腹膜炎その他の病気で仕事を休んで静養しておられましたが、私に神癒の祈りをお願いしますと言われて、たびたび私に手紙をよこされました。
 その後、長い病いの床から立ち上がって、再び会社勤めをするようになられたばかりでなく、I教会(N教団)Y牧師の指導を受けて、洗礼を受け、I教会の会員となられ、クリスチャンとしての出発を始められました。
 ところが、1962年からまた病気が再発しました。
 甲府の病院に入院して療養に努めておられましたが、六月の初めにY牧師から私に速達の手紙が来ました。
 「A子さんが重態に陥ったから、特に祈りを頼む」ということでした。
 私も、関西学院神学部時代から48年間も特に親しくしていた友人であるY牧師よりの依頼でありますから、早速、特別な祈りに傾倒していました。
 すると、六月五日の夜、電報が来ました。
A子さん、危篤、すぐ来てくれ」ということでありました。
 私はそれまで、まだ一度もこのA子さんという娘さんに会ったことがありませんでした。
 しかし、親友Y君の切なる願いを無視することはできませんので、私は間に合うかどうか、わかりないまま、とにかく大急ぎで旅支度を調え、翌六日早朝(午前七時過ぎ)、出発しました。
 新宿駅から中央線に乗って、甲府市に向かいました。
 車中で、私は、まだ見ぬ人であるA子さんの病床に思いを馳せて、彼女がいやされるよう、ひたすら主に救いを祈り求めました。
 ふと、手もとの聖書を開くと、すぐにルカ8・50のみことばが与えられました。
 それはマタイ9・18以下にも、マルコ5・36以下にも記されているみことばであります。

「イエス様がこれらのことを彼らに話しておられると、見よ、一人の長が来て、彼にひれ伏して言った。
 『私の娘が今、亡くなりました。しかし、おいでくださって、あなたの御手を彼女の上に置いてください。そうすれば彼女は生きるようになります』
 するとイエス様は起きて彼について行かれた。弟子たちもついて行った。
 すると、見よ、十二年間、出血をわずらっていた女が、後ろからそばに来て、彼の着物の縁にさわった。
 なぜなら彼女は、『彼の着物にさわりさえすれば、私は救われる』と自分自身の内で言っていたからである。
 イエス様は振り返って彼女をご覧になり、言われた。
 『元気を出しなさい、娘よ。あなたの信仰が、あなたを救ったのです
 その女は、その同じ時間から救われた」(マタイ9・18〜22)


「さて、十二年間、出血をわずらっている、ある女がいた。
 彼女は多くの医者から多くの苦しみを受け、自分にあるものをすべて使い果たしていたが、何一つ益にならず、むしろいっそう悪くなっていた。
 彼女はイエス様のことを聞き、群衆の中に入って後ろから来て、彼の着物にさわった。
 なぜなら彼女は、『彼の着物にさわりさえすれば、私は救われる』と言っていたからである。
 すると、すぐに彼女の血の源が枯れた。
 そして彼女は、その病苦からいやされたことを体で知った。
 また、すぐにイエス様は、ご自分から力が出て行ったことを自らの内ではっきり知られ、群衆の中で振り返って言われた。
 『だれが私の着物にさわったのですか?』
 すると弟子たちは彼に言った。『ご覧のとおり、群衆があなたに押し迫っているのに、「だれが私にさわったのですか?」とおっしゃるのですか?』
 けれども、彼はこのことをした人を見ようと見回しておられた。
 しかし、その女は恐れおののき、自分に起こったことを知り、来て彼に平伏し、真実をすべて彼に言った。
 すると彼は彼女に言われた。
 『娘よ、あなたの信仰が、あなたを救ったのです。  平安の内に帰りなさい。そして、あなたのその病苦からいやされたまま健康でいなさい』」(マルコ5・25〜34)


 このような出来事で、イエス様は途中を暇どって、会堂長の家にお着きになりました。
 そして、「今、亡くなりました」と言われた娘に近づき、嘆き騒いでいる家人たちに向かい、こう言われました。

 「恐れていてはいけません。ただ信じていなさい。
 そうすれば、彼女は救われます
」(ルカ8・50)

 そしてイエス様は中に入られ、少女の手をお取りになり、「タリタ・クミ」(『少女よ、あなたに言います、起きなさい』)(マルコ5・41)と仰せになると、「少女は立ち上がった」(42節)のであります。
 車中の私は、このところのみことば、殊に、「恐れていてはいけません。ただ信じていなさい。そうすれば、彼女は救われます」のみことばを強く胸に打ち込まれました。
 「そうだ! A子さんは今、危篤であっても、たといこの会堂長のように『娘は今、亡くなりました』という状態であったとしても、『恐れていてはいけません。ただ信じていなさい』とイエス様は仰せられるのだ」と繰り返しました。
 幾度か祈って、このみことばで私の心は占領されつつ、甲府駅に午前十時半ごろ着きました。

死人が生き返った!

 Y牧師宅に電話をかけますと、彼はすでにI町から甲府駅に出迎えに出たということでありました。
 しばらく待っていると、Y君が、あわただしくやって来ました。
 「やあ君! よく来てくれたね、さあ病院に行こう」と言って、私と堅く握手しました。
 私は一言、二言、A子さんの容態を尋ねました。
 すると彼は、「うん、何しろ危篤だ、早く行こう!」と答えただけでありました。
 私は彼の後ろについて病院に案内されました。
 私たちが到着したことは、看護婦を通してA子さんの母に伝えられました。
 母という人は、五十恰好の年配の、丈夫そうな婦人でありましたが、白いエプロン姿のまま、タオルで顔一面を押さえ、泣きしゃくりながら出てこられました。
 「先生、A子はとうとう、だめでございました」とY牧師に言いました。
 「あっ! そうでしたか。それは残念なことをしました。東京から森先生が、せっかく来てくださいましたのに!」
 「ええ! A子も最後の息を引き取る時まで、『東京から森先生が来てくだされたら…』と、そのことばかり繰り返して、最後の息を引き取りました。
 呼吸も止み、脈も無くなり、瞳孔も開きましたので、院長先生も、
 『もう最期です。
 これ以上に手の施しようは、ありません

とおっしゃいまして、二階の病室から階下の死体室に移されました。
 A子は今、死体室に入れられています」と、しゃくりながら、一人娘を失った母は、よよとばかり泣き入るのでした。
 私もこの母の哀愁慟哭を見て、胸をかきむしられるような思いでありましたが、私たちを死体室に迎え入れようともしない母の様子を見て、私はこう言いました。
 「私も東京から、せっかく駆けつけたのです、死に顔にも会えなかったというのでは、堪えられませんから、とにかく、Y先生、死体室まで行って、A子さんの死に顔に会ってきましょう!」
 そう言いながら、私は、さっさと玄関に靴を脱ぎ捨てて上に上がりました。
 私たちはA子さんの母に案内されて死体室に向かい、廊下を進んで行きました。
 すると、向こうから、見舞客の中のただ一人の信者であったI教会の長老、N老人がやって来て、私たちを迎えてくれました。
 死体室に入って見ると、五、六人の身内の人たちがおられ、その中には、A子さんのただ一人の兄弟である弟さんもおられました。
 看護婦長さんもその部屋におられました。
 私は一同に丁寧に会釈をして、死体の安置されていたベッドに近づき、頭部のほうにまわりました。
 そして、顔に覆われていた白い布をつまんで取り去り、彼女の死に顔を、愛と哀れみの目をもってのぞき込みました。
 Y牧師も、私のそばからA子さんの死に顔をじっと見守っておられました。
 私は静かにA子さんの右頬のコミカミに手を当てて、四、五分の間、祈りをささげました。
 すると不思議や! 死後、死体室に入れられて、時を経ていた冷たい死体のA子さんの両眼が大きく見開かれました!
 これを見たY牧師は、すぐにA子さんの耳もとに口を寄せて、大きな声で、こう呼ばわりました。
「A子さん! 東京の森先生が来られたのだよ!」
 この声に、私は思わず眼を開いてA子さんを見ました。
 すると、彼女は私のほうに少し顔を向け、眼を大きく見開いて、紅潮した顔で、すごい大声を出し、こう叫びました。
東京の森先生ですか?
 それは、今、六ヶ月後の今日、この印象的な記事を書き記している私が、とうてい忘れることのできないほど、私の脳裡に明瞭に印刻されているものでした。
 今から考えても、それは全くこの世の人の音声ではなく、透徹した高い声音でした。
 あとでY牧師が母君に尋ねたところ、
あんな大きな声は、A子が丈夫で家にいた時でさえ、一度だって出したことがありません。
 まして入院してからは、もちろん、したこともないほどの大声でした」
と言われたほどのものでした。
 A子さんは、さらに大きな声で語り続けました。
 私が、「そうです、森ですよ」と答えると、彼女は、
「先生! 奇跡ということは、あるものですね!」と言いました。
「そうです、ありますよ」と私は答えました。
 彼女の言った「奇跡」の意味は、たぶん、彼女が死の最後の息のまぎわまで私の名を呼んで、「東京の森先生が来てくださりさえすれば…」と言い続けていたことに対して、今、現実に彼女の顔の前に私が現れていたことを指して言ったのだろう、と私は想像しました。
 しかし実際は、彼女自身が生き返ったことを言ったのかもしれません。
「先生! 私の病気は治りますね」
「そうです。イエス様をしっかりと信じていなさい、そうすれば、きっと治していただけます
「先生! がんばります」
「そうです、がんばりなさい!」
 Y牧師も私のそばで、「A子さん、病気に負けてはいけない、がんばるんだよ!」と言っておられました。
 この時、死体室におられた一同、母はもとより、弟さんも親せきの人々も、どんなに驚かれたことでしょう。
 あの会堂長は、「私の娘が今、亡くなりました。しかし、おいでくださって、あなたの御手を彼女の上に置いてください。そうすれば彼女は生きるようになります」(マタイ9・18)と言いましたが、その二千年昔の出来事が、私が手を頬に当ててイエス様にお祈りした瞬間に、今、人々の前で現実に起こったのであります。
 看護婦長さんも、生き返った有様を見ては、職業柄そのままにしておくわけにはいかないので、
「男子の方は皆さん、この部屋を出てください、注射を打ちますから…」と言われました。
 そこで私はY牧師やN長老らとともに別室に下がりました。そして、今なお昔のように活きておられ、信じる者の上に働いてくださる主を思い、主を一同で讃美しました。
 やがて注射も終わり、私たちは再び死体室に入り、A子さんと共に熱心な祈りを、私もY牧師もささげました。
 私たちは長居をすることは病人のためにならないと思い、一応退去しました。
 その翌日の教会での礼拝には、A子さんの弟さんも真剣な気持ちで出席されました。
 教会での数回の集会、病人訪問、N長老宅の集会などを、三日間行いました。
 その間に、信者の人たちもA子さんを病院に見舞い、ある人は徹夜の看病をなさいました。
 私は、何十人かの病人のために一人一人に手を置いて祈ったり、福音の救いを説き明かしたりしました。

神のいやし

 最後に、かつて学校長であったM老人が、こう言いました。
「先生、私の甥ですが、もう五十歳を越えています。
 これが、もう一年以上、甲府の病院に入院していて、腎臓病などのために苦しんでいます。
 最初は、尿が出なくなったので大手術を受けました。
 それから五、六日間はよく出るようになりましたが、また出なくなりました。
 それで、それ以来、長いゴム管を差し込んで尿を排泄しています。
 先生、お忙しいでしょうが、一度行って祈ってやってくださいませんか。
 昨日、先生の著書を病人に届けて読ませております」
「ああ、そうですか、それでは都合して、Y先生と一緒に行くことに致しましょう」
「ありがとうございます。甥の家はこの近くですから、彼の家内に病院まで案内させます」
 こうして私たちは甲府の某病院に導かれ、Mという病人を訪問しました。
 一言あいさつの後、彼は、こう言いました。
「先生、私は青年時代に数回、救世軍の教会に行って、キリスト教の話を聞いたことがありますが、そのあとは全く行ったことはありません。
 このたび、伯父が先生の書かれたこの本を送ってくれましたので、今、ここまで読んでおります」
 そう言いながら、彼はその本を手に取って、九分どおり読んでいることを示されました。
 そこで私は、「ああ、そうですか、それでは、あらためてキリストの話をする必要はないと思います。その本に書かれてある通りですから、それを信じてください。
 今すぐイエス様に、あなたの病気が治るようにお祈り致しましょう」
 このように言った私は、ベッドの彼に近づいて、下腹部に手を置き、四、五分祈りました。
 やがて祈り終わって私が手を引くと、彼はむっくり起き上がり、ベッドの上から、するすると下に降りて私たちの前に立ち、こう言いました。
「先生! 今、先生が手を当てて祈ってくださった間に、私が今まで毎日止むことなく痛み続けて苦しんできた痛みが、夢のように取り去られました。
 私が用足しのためにベッドから降りなければならない時は、三十分以上もかかって苦痛を堪え忍びながら下に降りていましたが、今は、ご覧の通り、ベッドから一分もかからないで、するすると降りることができました。
 先生、私は全く治りました! ありがとうございます」
 彼は感激の喜びに満たされて、次から次へと語り続けるのでした。
 この様子を目撃した夫人の喜びは、筆にもことばにも尽くせないものでした。
 その時、歌人であるY牧師が、早速ペンを取り出し、次のようなを私に書いて渡されました。

 活ける主は、かたへにいまし、今日もまた、二千年(ふたちとせ)前の御業拝せり

 ああ何と貴い感激の歌でありましょう!
 私の親友Y牧師(74歳)は、肉の思いを越えて、このような歌を即吟したのであります。
 彼は、主がその友のかたわらに立たれて、よみがえりと癒しの昔ながらの御業をなされる御姿を、目の当たりに拝したのです。
 主は、今もなお活きておられ、信じる者の間に立たれ、「見よ、私は代の終わりまで、すべての日々、あなたがたといっしょにいるのです」とマタイ28・20でお約束なさったように、二千年昔と変わらない愛の御業をなしてくださったのです。
 この感激あふれる場面で、彼は、その主イエス様の御名をあがめ、感謝と喜びに満たされたのであります。
 その後、Y牧師は私が東京に帰った後、私に手紙を送って、こう知らせてくれました。
「M氏は、その翌日、電車で家に一度帰り、また帰院しました。
 経過ますます良好とのことです」
 その葉書の終わりに、前の歌を最後のところで二字改めて、こう書いて送ってくれました。

 活ける主は、かたへにいまし、今日もまた、二千年前の御業拝しぬ

 感謝、活ける主を崇めよ!
 今の人は、マルコ16・20の「その者たち(弟子たち)は出て行って、あらゆる所で(福音を)宣べ伝えた。主は、ともに働かれ、その付随するさまざまなしるしを通してみことばを確かなものとされた」ことを忘れています。
 「神の国は力である」、力あるしるしが伴わないような、頭脳ばかりの福音は、このみことばに適合しません。
 今の人は、キリストの奇跡や、神癒、ラザロの復活、死人の復活の記事を、小さな理性で取り除いて、我々と同じ人間にまで裸にして信じようとしているから、その信仰は力がないのであります。

「死人をよみがえらせることについて」は
 こちらのをお読みください。

《 ゴードン & フレッダ・リンゼイ著》
神のいやし Q&A

神の癒しについては
 こちらをおすすめします。

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