エディー・L・ハイアット博士は40年以上にわたり、牧師、教師、宣教師、神学の教授としてアメリカおよびカナダで、また、インド、インドネシア、イギリスなど海外でも奉仕をしてきました。
彼は教会や聖会で、また世界の教育機関で、リバイバル、教会歴史、さまざまな聖書のテーマに関して講演してきました。彼の数々の著書の中には、世界の大学や神学校で教科書として用いられているものもあります。
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( →エディー・L・ハイアット師について
エディー・L・ハイアット師のミニストリーとメッセージ)
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ハイアット博士は、『"みことば-信仰"([Word-Faith]運動』について誤った判断が下されてきた原因について、ポイントを的確に述べています。
ハイアット博士自身が、ケネス・ヘーゲン師の教えを通して霊的に成長してきた一人でした。
何らかの団体を、その批判者たちのことばによってではなく、その実によって判断してください。
1970年、私は私の人生をキリストに献げました。
それからまもなく、私は故ケネス・E・ヘーゲン師の数々の著作を紹介されました。
私は、信仰、祈り、いやし、信じた人の権威などについての彼の本を読むにつれ、自分が聖書の学びと祈りに、より多くの時間を費やそうとしていることに気付きました。
さらに私は、自分が信仰によって踏み出し、必要を抱える人々のために祈ろうとしていることにも気付きました。
その中核となっている教えは、『神のことばと約束を信じ、それに基づいて行動する人々に、神は、みことばと約束を忠実に成就させてくださる』というものでした。
総合的に見ると、後に『"みことば-信仰"[Word-Faith]の教え』と呼ばれるようになったこの教えは、非常にポジティブなものでした。
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("Have We Misjudged the Word-Faith Movement? "
("私たちは『"みことば-信仰"[Word-Faith]運動』に誤った判断を下してきたのか?")
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ハイアット博士は、当時から『"みことば-信仰"[Word-Faith]の教え』のまちがった使われ方が存在していたことを証言しています。
おそらく最も論争を引き起こした教えは、"新しく生まれ変わったイエス"という教理です。
この教えの前提となっているのは、こうです。
イエス様が私たちの罪をもって罪人となられ、肉体的にも霊的にも死なれ、そして彼の体が墓の中にあった三日間、地獄の拷問の苦しみを受けたこと。復活において彼は、肉体的にも霊的にも生かされたこと。彼は新しく生まれ変わったこと、です。
霊的死から霊的命の中へというイエス様の新生体験は、彼を信じるどの人にも起こることの原型として見られています。
この教えは、信者はイエス様と等しいレベルにいて、同じ権威と潜在力があることを強調するために用いられました。
批判者たちはこの教えを攻撃し、新約聖書でイエス様に与えられているイエス様の独自性および卓越性を尊重していないと指摘しました。
ところが、その同じ批判者たちは、この『"みことば-信仰"[Word-Faith]運動』に属する奉仕者のだれもがこの教えを主張しているわけではないことを見落としていたのです。
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エディー・L・ハイアット博士が引用したのは、ロバート・M・ボウマン博士の著書『みことば-信仰 論争』でした。
その本の中で、ケネス・E・ヘーゲン師自身がこう証言しました。
「私たちの友人たち、本の著者たちが、"新しく生まれ変わったイエス"と呼ばれる全く新しい神学を作り出しているようです。
それは、六人か七人の奉仕者たちのことばの寄せ集めの上に築かれており、文脈からはずされており、そして、あたかも私たちがみなそれと同一のことを信じているかのように結び付けられています。…
そして、それを読む人は、私たちがみな、この"新しく生まれ変わったイエス"という神学を信じており、そのことについて全く同じように信じており、私たちはみな異端者たちであると告げられているのです。
ところが、その同じページで私といっしょに名前を挙げられている人々が支持する教えの中に、私が完全に反対する教えがあるのです」 |
つまり、実際は、こういうことでした。
一部の仲間の奉仕者
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"新しく生まれ変わったイエス"と呼ばれる全く新しい神学を作り出す
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ケネス・E・ヘーゲン師
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そういう"神学"を否定
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ところが、批判者たちは、『的外れ』の非難をし、『異端』扱いをしたのです。
ケネス・E・ヘーゲン師への『的外れ』の批判・悪口・中傷
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- 一部の仲間の奉仕者もケネス・E・ヘーゲンも、みな"新しく生まれ変わったイエス"という全く新しい神学を全く同じように信じている。
- 一部の仲間の奉仕者もケネス・E・ヘーゲンも、みな異端者たちである。
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★なぜ『的外れ』であるかは、一目瞭然です。
一部の仲間の奉仕者が作り出した全く新しい教えであるにもかかわらず、あたかもケネス・E・ヘーゲン師も全く同じように信じているかのように批判され、異端者とされているのです!!
エディー・L・ハイアット師はこう述べています。
この例からも明らかなように、『みことば-信仰』運動は、行いと教えのあらゆる分野で一つの同質の集合体というわけではないのです。
それにもかかわらず、この運動の中のおもだった奉仕者たちの中には、数々の批判に対して誠実に対処しようとしてきた人たちもいるように見えます。
たとえば、ケネス・コープランド師やフレッド・プライス師が彼らのホームページに掲載している『信仰についての言明』は、聖書的であり歴史的にもオーソドックスなものです。
ほとんどのペンテコステ派にとっても、多くの福音派にとっても、中核の信条として提示されているそれらの言明には、気にさわるものは何もないはずです。
確かに、この『みことば-信仰』運動は誤った判断を下されてきたのです。
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そして、ハイアット師は、こう述べています。
『みことば-信仰』運動の支持者たちの多くが彼らの主との歩みにおいて成熟してきたことには、何の疑問もありません。
おそらく、今や問われるべき質問は、この運動を激しく批判してきた人々に関してでしょう。
すなわち、この運動に「異端」、「カルト」、「オカルト」というレッテルを貼ってきた人々です。
彼らも、彼らの主との歩みにおいて成長してきたのでしょうか?
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彼らは愛において成長してきたのでしょうか?
ケネス・E・ヘーゲン師は当初から一貫して、神の愛、赦しを強調してきました。
その愛とは、神の御性質の愛、すなわち、敵対者たちをも愛する神の愛でした。
ケネス・E・ヘーゲン師は、単にその愛を語るだけの説教者ではなく、その実践者でもありました。

ある集会で、ある牧師がケネス・E・ヘーゲン師のところに来て、こう言いました。
「ヘーゲン兄弟、私を赦していただきたいのです」
「何をでしょうか?」とヘーゲン師は尋ねました。
その牧師はこう言いました。
「私の教会の一人の青年がレーマ聖書学校に行きたいと思っていました。
私は、その学校のことは何も知らなかったのに、彼にはそうしないようにと話しました。
また、私は教会の講壇からも、あなたの本を何も読まないようにと語りました」
彼は続けてこう言いました。
「ところで、その青年はとにかくレーマ聖書学校に行き続けました。
クリスマスの休暇で彼が帰省した時、私は彼に、やや皮肉っぽく、こう言いました。
『君はもう、あの信仰とかいうものについて何でも知っているんだね!』
彼はこう言いました。
『いいえ、牧師先生、私がレーマで学んだ最高のことは、愛でした』
彼がそう言った時、私は泣き出し、彼も泣き出しました。
私は神に、私を赦してくださるよう求めました。
私は私の教会の講壇に立ち、こう言いました。
『みなさん、私には正さなければならないことがあります。
私はケネス・E・ヘーゲン師のことを自分では何も知らなかったのに、この講壇から、彼の名前を挙げて彼の信用をそこねることを言いました。
私はまちがっていました。
私はみなさんに、私を赦していただきたいのです。
そして私はみなさんに、彼の著書を買って、それを読むことをお勧めします!』」
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ケネス・ヘーゲン・メッセージ誌 V2
「あなたは愛をどうしましたか? 2」
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この牧師は、かつて、誤った判断を下し、的外れの批判をしていた批判者の一人でした。
しかし、幸いにも彼は、自分の誤りに気付き、へりくだり、悔い改めることができました。
エディー・L・ハイアット博士が指摘している通り、今や問題となるのは、的外れの批判・悪口・中傷を続けている批判者たちなのです!!
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